高校時代の恩師へ宛てた手紙

前略
中野先生、お元気でしょうか。「便りがないのは良い便り」という古人の教えを忠実に守って、現在までご無沙汰しておりましたが、このままでは近況が全く伝えられないことに気づき、遅ればせながら筆を執った次第です。クレームがあれば私にではなく古人にお願いします。

早速ですが、ご報告致します。過日、7月14日に子どもが誕生しました。私が産んだ訳ではないので確証はありませんが、恐らく私の子どもであると思われます。男の子で、名前は「遥基(ハルキ)」としました。私が考えた名前ですが、周囲からは非難轟々で驚きました。特に私の奥さんの両親や姉らは口々に自分の理想の名前を挙げておりましたが、誰一人その理想の名前を自らの子どもにつけていないのが不思議でなりません。きっとこれから先も子どもを産むつもりで、その時のために使わずにとっているのでしょう。

今回は産婦人科で出産だったのですが、その設備の素晴らしさに驚きました。出産後約1週間は入院という形だったのですが、部屋は個室でホテル並みの快適さです。あの病院の看護師は家に帰るよりあそこで寝泊まりしたほうが良いくらいです。私は出産の際、付き添って病院にいたのですが、生まれたばかりの遥基を触ることはできず(衛生上の理由でしょう)、その日はガラス越しに眺めることしかできませんでした。しかし私はそれでもめげずにガラスにジダンばりの頭突きをかます勢いで近づき、遥基を仔細に観察しました。その表情や仕草はまるで生まれたての赤ん坊のようでした。

恐らく中野先生は、私が高校を卒業して4年半足らずで家庭をもち、子どもを作るなどとは予想もしていなかったのではないでしょうか。実は私も予想外でした。しかし私は完璧なライフプランというものを幼いころから練っておりました。それはまず人生の期間を4等分し、最初のクオータは親のために生き、次のクオータを自らの子どものために生き、第3クオータを自分のために生き、最後のクオータを奥さんのために生きるという計画です。今はまさに第1クオータから第2クオータにさしかかったところと言えるでしょう。このまま順当にいけば、40代初めで子育てから解放されますので、そこから思う存分第3クオータを楽しむつもりでいます。その後はもちろん、私の大切な奥さんのために第4クオータを丸々とっておいてあるのですが、その頃になると私の意識は混濁し、肉体は衰弱し、このライフプランを実行に移せない可能性があることが唯一残念でなりません。

中野先生に教わった1年間は、今でも意義深く、思い出深いものになっております。泊まり込みで勉強の合宿に行った際、先生は我々3年生全員に「見る前に跳べ!」とおっしゃいましたね。数学というのは論理性が重視される学問であり、それを教えている自分が「跳ぶ前に見よ( Look before you leap.)」と言わずに「見る前に跳べ」というのは、歴史学者が「あんまり過去のことを振り返るな」と言うのと同じくらい矛盾しているが、それでも言わずにはいられない。こんなニュアンスだったと思います。正直に言いまして、小、中、高と多くの先生に教わりましたが、私はその先生が語ったことのほとんどを覚えておりません。しかし高校3年生の1年間を教わった中野先生の言葉は上に挙げた他にも色々と覚えています。このことから分かることは、私は17、8歳くらいになってようやく人の話を覚えられるほどの記憶力を手にしたということです。恐らく、物心ついたのが16歳くらいなのでしょう。その意味で、中野先生は運が良かったと言えます。

なかなか書きたいことが尽きませんが、今回はこのくらいにしておきます。これからも多くの生徒に数学を、あるいはそれを通じて先生の稀有な価値観を教えていかれることを期待します。しかし、職務に邁進しすぎて体調を崩されないよう、くれぐれもご自愛下さい。

追伸
もし関西に遊びに来られる折には、ぜひ声をかけて下さい。気候が温暖で人も少ない場合に限って、名所を案内致しますので。それ以外の季節でも、私の自宅に来られる場合は大歓迎です。