真相はマンモの毛の中に。。

「どうしてクラン名が はばたけもるでぃ なんですか?」 という質問が可愛い女の子から50通ほど寄せられましたので回答いたします。
話せば長くなるのですが、それはクラン創設時のことでした。このゲームはLv30からクランが作れますので、もう30になったらすぐ作ろう、と当時のお友達5人で話し合っておりました。そして5人でお金を出し合って本当に30から作ったのですが、名前をどうするかがやはり重要な問題でした。候補は二つありました。
はばたけもるでぃおよげたいらんと
しかしこのどちらにするかで意見が分かれました。

20050320-01

モルディの滑空中の図

20050320-02

タイラント仁王立ちの図

2つの絵を見ましてもかなり悩むところです。「およげたいらんと」というのはもちろん二つの意味がありまして、タイラントウォーシップに対して、船に乗ってないで泳げよ!と言うとともに、この生タイラントの攻撃動作(白いヤツでガシャン)がまるでバタフライをしているように見えることから、その泳ぎを応援する意味もございます。

「はばたけもるでぃ」という名前も、高いところから滑空すればきっと彼らも飛べるのではないか、いや彼らが腰に携えている石を捨て去ればきっと飛べるに違いない、という我々の強い願いと確かな希望が込められています。

そして最終的には話し合いでは決まらずに、5人の多数決によって「はばたけもるでぃ」となったのでした。

途中で、「じゃあめんどくせーし間をとって はばたけたいらんと にしようか」とならなくて幸いでした。というのも、これらが決まって暫くした後に、ローズのアイコンがモルディであることや2chなどでもモルディが人気者であることを知ったからです。やはり皆さん、目の付け所というか、見ているところは同じなのだなと感心した思い出があります。

というわけで、8割以上フィクションなこのお話ですが、名前の由来が気になる方はこれで納得して頂けたと思います。

広告

なかなか思い通りにはいかない。

最近よくサプリメント系の商品を目にします。ビタミンだの鉄だのカルシウムだのと色々細かく分けられて売られていますが、皆さんも一度は疑問に思ったことでしょう。どうしてそれらをまとめて一度に摂取できる商品が発売されないのか、と。それを1日1回食べるだけであらゆる成分が摂取できて、後は炭水化物を取るだけでよいという商品があれば絶対みんなそれを買うと思いませんか?

思いませんか。そうですか。まぁ確かにそんなのが未だに売られていないことをみると、売る側は売れないと思っているわけで、つまりは買う側はそれがあっても決して買わないということなのでしょう。でも、このひとまとめ作戦は実は良いところもあると思うのです。たとえばカルシウムはそのままよりもビタミンDと一緒に取ったほうが吸収がよくなります。ひとまとめにすると、相互に吸収を良くし合ってくれるものがでてくるのです。ですが問題もあります。吸収を助け合うものばかりでなく、吸収を阻害し合うものもやはりあるのです。たとえばたくさんのミネラルをまとめて取ろうとしてもそれは難しいです。これの打開策は、必須成分だけを取るのではなくてその吸収を助ける成分もまとめて取ってしまえばよいのです。亜鉛は吸収しづらいミネラルですが、クエン酸やビタミンCがあれば比較的吸収できるようになります。そうやって必須成分+それらの吸収を助ける成分をひとまとめて売ればいいのではないでしょうか?

ここで満足するようではツメが甘いです。ここでさらに攻めましょう。吸収を助ける成分、の働きを促す成分も入れちゃいましょう。するとますます必須の成分が摂取できますね。あれ。さらにさらに、その働きを促す成分の働きを促す成分を入れるといいんじゃないですか? それをひたすら繰り返していけば究極のサプリメントが・・・。

普通の食事が実は最高のサプリメントであるという結論に達しそうです。だからサプリメントはいつまで経っても進化しないのですね。納得。

官能小説ノススメ(後)

さて、前回までの議論で官能小説で興奮できる人は頭が良いことがわかりました。後編ではそれを踏まえつつ、また新たな命題を導いていこうと思います。

命題2.官能小説で興奮できる人は異性にもてる。

これはどういうことなのか。もう前回のをご覧の方は容易に推察できるかと思いますが、官能小説で興奮できるためには俗な言い方をすれば、妄想が逞しくないといけません。擬音語を聴け、とまでは言いませんが、行間を読むといいますかむしろ作るといいますか。クリエイティヴかつアグレッシヴな発想が要求されるのですね。いわば脳内のファンタジスタ。もし余人がその人の思想を垣間見たならば、一目で魅了されるほどの域に達しているはずなのです。するとですね、どう自制していてもやはりその片鱗というものが言動の端々に表れてしまい、単に会話をしたり行動を共にしただけで、不可抗力ながら異性を虜にしてしまうというわけです。

官能小説で興奮できる人がどのような人であるかを滔々と語ってきました。さきほどの2つの命題を心に留めておいて欲しいものです。ここで真に驚くべきことですが、実は私は官能小説を読んで興奮できる人の一人です。いやー偶然とは本当に恐ろしいものです。ということは論理的帰結としまして私には2つの命題が適用できると言えます。ふふふ。

・・・書いていて虚しくなったりなんか、していませんよ。決して。断じて。

官能小説ノススメ(前)

問題なく更新できました。でもだからと言って内容に問題がないかはまた別問題です。

私は常々感じているのですが、世の中には二種類の人間に分けられます。それは官能小説を読んで興奮できる人とできない人です。こう言うと、そんなもん当たり前だろう。幼女の裸で興奮できる人とできない人がいるのと同じことじゃないか、とおっしゃる方もおられると思いますが、事はそう単純ではないのです。官能小説で興奮できるかどうかというのは、ビデオで興奮できるかどうかといった事とは比較にならないほど重要な意味を持ち、その点で一線を画しているのです。以下で、それを検証してみましょう。

まずは、官能小説でどうして興奮できる人とできない人がいるのかを考えてみましょう。よく否定派の意見として多いのが、活字ばっかりズラズラ書いてあっても何も面白くない。もっと視覚や聴覚にダイナミックかつドラスティックに訴えてこいよ、というものです。なるほど、確かに視覚、聴覚両面から攻めてくる他メディアと比較するとやや貧相に思えてしまうのも無理はないと言えます。

次に肯定派の意見を紹介しましょう。すると多いのが、他メディアとは深みが違う厳然たるストーリィがそこには存在し、なんら抵抗もなくそのストーリィに感情移入できる上に、適宜、自分と登場人物を置換することによって、既存のメディアのような確立した受け手としての存在から脱却し、もはや自らがそこに参加して新たな内的世界を構成することまでが可能である。そのような優れた媒体である官能小説だから興奮して当然である、という意見です。くれぐれも誤解しないで頂きたいのはこれは私の意見ではなく、官能小説肯定派の多数の意見です。お間違えのないよう。

さて、この双方の意見を比べますと、やはりどうみても肯定派の意見が崇高かつ高尚な見地から意見を主張しているのに対して、否定派は短絡的で民度の低い、むしろサルかと思ってしまうくらいの浅はかな意見しか主張していません。ここで、肯定派のとある人物のインタビューがございますので、聞いてみることにしましょう。

「うーん、なるほどねぇ。確かに聴覚という部分も大事なんだよね。でも、官能小説読んでて擬音語がでてくるでしょ?普通の人はすんなり読み流すんであろうけど、俺の場合はまず視覚を通じてそれが擬音語であると確認できたならば、それが鮮明に脳内で音声として再生されるからね。もはや俺くらいのレベルに達すると擬音語は読まずに聴いてるわけよ。」

誤解なきよう重ねて言っておきますが、これは決して私の意見ではありません。しかしこのとある人物の意見は否定派の批判を完全に凌駕していると言っても過言ではないでしょう。以上の議論から、私は一つの命題が自然と導かれると思います。

命題1. 官能小説で興奮できる人は頭が良い

もはやこれには反論の余地はないでしょう。長くなりましたので今日はこのへんで。続きは覚えていたらまた次回に。

イライライライラ

こんな無駄な90分が果たして他にあるだろうかと毎月思うバイトの研修に行って参りました。行って、参りました。バイトの研修というのはつまり、使うテキストの説明だとか授業内容だとかについて延々90分聞かされることを言うのですが、小学生に対する教え方という部分での話でこんなことを言ってました。
「10をかけたり10で割ったりする問題で、よく0を1つ増やしたり減らしたりと機械的にやる子供がいますけど、ぜひ先生方にはそこにどういう意味があるのかということまで教えてあげてください。整数の仕組みといいますかね・・。」
はい? 10進法を採用しているのだから10倍したら0が1つ増えるのは当たり前で、意味も仕組みもない気がするのは私だけ? それとも小学4年生に進法の説明から入れとでも言うのかしら。結局こういう説明をしろ、という具体的なことは何も言わないし、一向に要領を得ない。

はぁー。久しぶりにイラついたので戯言ではなく愚痴をこぼしましたが、今日から京都なので気を取り直していきましょう。新幹線で3時間程度で移動できるので大変ありがたい。恐らく京都から更新できると思いますが、問題が生じて全く出来ないかもしれません。いずれにせよ、みなさんの息災と安寧をお祈りいたします。

二酸化炭素を下さい。

真顔でマックの店員に「スマイルください。お持ち帰りで」なんて言えないシャイな非水です。みなさんこんにちわ。それにしましても、羞恥心というのは不思議ですね。人類はどの段階でそれを獲得したのでしょう。子供の成長過程でどのように羞恥心が育っていくかということについて語った文章はよく見ますが、人類の進化の過程でどのように獲得したか、というのは見たことがありません。これは誰が研究しているんでしょうね。文化人類学か、それとも大脳生理学あたりでしょうか。

この羞恥心が高度に文化的な社会を形成するのに不可欠なのは間違いないでしょう。先日、私も大変恥ずかしいことをやってしまいました。私は寒い日はセブンイレブンでおでんを大量に買って食べるのがもはやライフワークとまでになっているのですが、その日の店員は可愛い女性で、私は自分でおでんは取らない主義なので彼女にとってもらおうとして、
「おでんとってもらえますか?」
と言おうとしたんですね。ところが口をついて出た一言が
「大根とってもらえますか?」
きゃー。間違いではない、私は大根を必ず2個は買うので間違いではないのですが無性に恥ずかしい。間違えすぎて男根と口走っていたなら私は自動ドアに体当たりしながら逃走していたでしょうが、それはセーフ。彼女は別にニヤッと笑ったりなんてしていないのだけど、とてもとても恥ずかしくて胸が締め付けられるような、動悸が激しくなって少し息苦しささえ覚えるほどの、・・・はっ。これってもしかして・・・恋かしら?(過呼吸です)

参加賞の一本としてね。

昨日の戯言はちょっと頑張りすぎました。あれだけで原稿用紙3枚分ですからね。あれを書く時間があるならもっと有意義なことをやるべきだ、という意見がありますが、そういう人には私は「ミヒャエル・エンデのモモを読みなさい」と言うでしょう。知らぬ間に灰色の男たちの手先になっていることに気づくかもしれません。

それはさておき、今日も一つ面白い入試問題を紹介しましょう。埼玉にものつくり大学という大学があります。ここは詳しくは知りませんが、まぁ批判もそれなりに多い大学なのですが、ここの建設技能工芸学科の総合試験というのは大変ユニークです。2002年度の問題はこうです。

□問題
与えられた割り箸と輪ゴムを用いて、以下の(1)~(3)の条件を全て満たす橋を製作しなさい。
(1)42cmの川幅をまたぐ橋であること。42cmの間に支柱を設けてはならない。
(2)橋の中央に缶ジュース1缶載せることが可能で、そのとき橋の一部が川の表面に触れないこと。ただし缶ジュースの中身は飲んではならない。
(3)割り箸と輪ゴムは切ったり削ったりしても良いが、補充はしない。

これを試験時間210分で終わらせないといけません。210分というのは充分なようで、難しい気がします。私が今から作り始めたとして210分では絶対に作れないでしょうね。ですが工作が好きな人や得意な人は案外簡単に作ってしまうのでしょう。大学としてもそういう人を入れたいわけで、非常に良い入試問題と言えるんじゃないでしょうか。ただ、これを狭い机の上で作らないといけないのであればかなりのストレスになって思うようにいかない人も多そうですよね。床に座り込んで自分の周りに材料をばらまいて製作できたら、間に合ったのにという人もいるかもしれません。

どうでも良いのかもしれませんが、缶ジュースを立てて置くか、寝せて置くか書いていないのはわざとなんでしょうかね・・。それによって橋の構造が違ってきそうです。そして私が思うに、割り箸を割りまくった挙句、橋がとうとう作れないほどになってしまって、しょうがないから腹いせにジュースを飲んで帰った受験生が必ず一人はいることと思います。